基本教練

ベトベトしま戦か?第10戦の前夜祭は10回記念パーティーとして開催しますが、
一夜明けて開会式では1975年4月30日に終結(一応)したベトナム戦争。
今年2010年は35年後にあたりますのでベトナム戦争終結35周年記念パレードを行います。
まぁパレードと言ってもそんな大掛かりではありませんが、
ステージ上に制服組、ベトナムベテラン(を模した人)が並び、
ちょっとした観閲式のような形でやってみたいと思います。






米軍各師団、同盟国軍、ベトナム共和国軍、南ベトナム民族戦線、ベトナム民主協和国軍
の順に行進して整列してもらいます。
運動会などで経験していると思いますが、最初は左足。止まる時は、1、2で止まる事だけ
覚えておいて下さいねww

行進する時は担え銃で行進するのですが、ここで重要なのが基本教練(Military Drill)

ベトベトは基本ライト感覚なのでこの基本教練はすっ飛ばしてますが
軍人として戦う前に身に付けておかなければならないのが基本教練です。

やり方を説明している動画があれば良かったのですが見つからなかったので
フルメタルジャケット観て軍曹とジョーカーに教えてもらって下さいw
http://www.hardscrabblefarm.com/ww2/idr_with_arms.htm
英語ですが説明しているサイトです。

立て銃(Order Arms hut!)から控え銃(Port Arms hut!)、担え銃(Right Shoulder Arms hut!)
で行進します。
北側は資料みる限り、吊れ銃か控え銃のまま行進してますので控え銃にしようと思いますが
北に詳しい方がいらっしゃいましたら教えて下さい。

縦隊進め(Advance hut!)で進み、縦隊止まれ(platoon, halt)1,2で止まり、
休め(Parade Rest hut!)の号令まではビシっとしていて下さい。

ちなみにこの号令は分隊長に言って頂きますので
アメリカ人は英語で号令を掛けれるように覚えて下さいww

幸いな事にベトベトには某国軍隊の現役、元在籍がけっこういますので
当日、基本教練講座を開いて頂きます。
150名以上がビシっとできたら格好良いのですが、なんちゃって軍人ですので
なかなか難しいと思いますww
しかし!なんとか形になるよう各自、自主トレを行って望んで下さい!  

2010年02月24日 Posted by ベトベト実行委員会  at 15:42Comments(7)TrackBack(0)ベトベトした情報

ベトベト10回記念パーティーのお知らせ

いよいよ2ヵ月前となりましたのでベトベトしま戦か?第10戦の申込みを開始しました。
今回のサブタイトルは“サボイ砦の戦い”
前回、参加した方はご存じでしょうが、前回、北ベトナム、解放戦線の猛攻を受けた
米越合同師団はキャンプサボイを放棄し遁走しましたww
今回はキャンプサボイに立てこもる300名の北ベトナム、解放戦線の兵士達の勇敢な戦いが
繰り広げられる予定ですw

さて、日曜日のコンバットゲームと同じくらい(以上にw)楽しみだと思うのが前夜祭。

前回、ビール早飲みトーナメント優勝者の姿ですw
顔面が真っ赤なのはアルコールなのか羞恥心なのかは本人にお尋ねくださいw

さて今回は、ベトベトもお陰さまで10回を迎える事になり
10回記念パーティーを開催したいと思います。もちろん主賓はベトベトした方々!

普段、前夜祭では皆さんが各自にキャンプして飲んだくれていますが
テントに引きこもってる方も多く、交流を深められない方も多いと思いますので
今回は皆でテーブルと椅子を持ちより、中央に(ステージ前、米軍CP付近)集めさせて頂きます。
同じ趣味の仲間なのですから親睦を深め、翌日のコンバットゲームをより楽しんで頂こうと思っています。
まぁパーティーと言う名の軍装合コンですねww
という趣旨ですので普段はゴザで済ませてる方々もなるべく簡易テーブルなどを持ちより
普段より少しアルコールを多く持ってきて下さいw
開始は17時ですので揃って乾杯ができるようにご協力下さい。

毎度おなじみのボブ少尉司会のミス・サイゴン・コンテスト、ダンサーによる慰問ショーはもちろん。
パーティーらしい余興も考えてますので、いつステージに引きずり上げられても大丈夫なように
心の準備だけはしておいて下さいね。

ベトナム料理屋台の第四地区も出店予定ですので美味しい生春巻きを楽しみにしていて下さい。

18歳未満、女性は無料なのでお子様連れの多いベトベト。
お子様も遊べる射的ブースも考えていますので是非、ご家族連れでお越し下さい。

それではお申し込みはお早めにお願いします!
ちなみに消灯は12時ですww  

2010年02月10日 Posted by ベトベト実行委員会  at 02:13Comments(6)TrackBack(0)ベトベトした情報

ギグバンド


画像提供 WARRIORS-blog.
ベトベトの入場時に料金と引き換えにお渡しするのが、ベトベトのロゴマークの入ったリストバンド。
このリストバンドはギグバンドという商品名なのですが、
ベトベトを有料イベントにする時に何か良いものはないかと探していた時に見つけました。
アホカリ(MVG)だと医療用のリストバンドだったり、
クラブイベントだと手の甲にスタンプを押したりしますよね。

当初はベトナム戦争らしさを出す為にタトゥーシールも考えたのですが
貼るのが面倒なので没。そんな時に見つけたのがギグバンド。
紙製なのですが巻いた事のある人はお判りのように異常なまでに丈夫。
恐らく素手で引きちぎるのは大山総裁しか無理だと思いますw
付けっ放しでお風呂に入っても印刷の文字が消えませんから野外イベントでは持って来いですね。

実はこのギグバンドを制作している有限会社エーエムピーのサイトで
お客様訪問企画なるものがあり
4月のベトベトに取材に来てくれるそうですww
他に紹介されているのが、クラブイベントだったりライブイベントなので異彩を放ってますが
イベントの告知もしてくれてます

エアガン雑誌ではベトナム戦争はあまり人気がないようでなかなか取材してくれませんが、
一般の会社から見たら面白いんでしょうねww

  

2010年01月29日 Posted by ベトベト実行委員会  at 18:48Comments(2)TrackBack(0)ベトベトした情報

明けましてベトベト!


明けましておめでとうございます。
本年も倍旧のお引き立ての程宜しくお願い申し上げます。

と言ってもベトナム的にはお正月はまだです。
ベトナムでは旧暦を使ってますので2010年の正月は2月14日が元旦にあたります。
この前後は全く機能しなくなりますのでベトナム行きを考えてる方はご注意ください。
ちなみにこのニュー・イヤー・カードは加工したものですから信じないで下さいねww

さて今年のベトベトしま戦か?は
4月10日11日の第10戦はベトナム戦争終結35周年&10回記念。
10月9日10日の第11戦は5周年記念大会とめでたいこと尽くしでお届けします。
石の上にも三年といいますが、くだらない事も五年ですねww

それでは本年もベトベトっと突き進んでいきたいと思いますので
宜しくお願い致します!

平成22年正月
ベトベト実行委員会  

2010年01月02日 Posted by ベトベト実行委員会  at 23:42Comments(1)TrackBack(0)ベトベトした情報

星条旗新聞

スターズ&ストライプス米軍発行の機関誌です。
MMCのサイトをご覧頂いている方々にはお馴染みですが、
新聞的にイベントの模様を紹介しているのが星条旗新聞というコンテンツなんです。

当初はサバイバルゲームでのコスプレ的画像も紹介していたので月に2本くらい発刊していたのですが、
ここ数年はサバイバルゲームやってませんのでベトベトや他のナム戦イベントに参加した時だけ発刊しています。
この新聞形式なのですが、私が中学生の時に授業の一環としてクラブ活動というものがありました
(部活動とは別)私は『歴史新聞クラブ』というクラブに参加していたのですが
歴史上の事件を新聞風にまとめて発表するという活動をおこなっていました。
他のクラブ員は戦国時代などをまとめていたのですが、右寄り中学生でした私は
太平洋戦争の架空歴史(ミッドウェー海戦デ連合艦隊圧勝セリ!)などを発表していました。
これが元になっているのですが、
今思えばこの歴史新聞クラブが私のミリタリーイベントへの入り口だったような気がしますw

顧問の石橋先生はいまでも千葉県のどこかで教鞭をとっているようですので
お子様が在籍する中学校に社会科の石橋先生がいらっしゃいましたらお礼を言っておいて下さいw

さて今回はベトベトから遅れる事2カ月!やっと発刊の運びとなりました。写真はITHACAさん撮影のものです。
それでは素晴らしい写真と適当なキャプションを楽しんで下さいw
MMC星条旗新聞  

2009年12月19日 Posted by ベトベト実行委員会  at 15:31Comments(0)TrackBack(0)ベトベトした情報

発売開始!

ベトベトしま戦か?第9戦の模様をストーリー仕立てにした
自主制作ビデオ『Ho Chi Minh is DEAD』がめでたく完成しました。
ジャケットだけみると彩プロみたいですがwww

コンツム近くの小さな村に住むリンという少女の手記をもとに不惑悠監督が描く一大虚編!
ホー主席の死をきっかけに一大作戦「Ho Chi Minh is DEAD」が発令される。
しかし、家族を人質に捕られた現地スパイ、ロンによる裏切り!
裏をかかれた米越合同師団とNVA、VCとの熾烈な戦い!
仲間を助ける為激戦地に身を投じる勇気ある兵士達の友情!
同国人のため立ち上がるchi大佐の運命は!
そしてラストシーンは涙なくして見れません!
…と大盛りであらすじを書いておきますww


12月13日(日)浜松町東京都産業貿易センター5階で開催される第55回ヴィクトリーショーで先行販売します。
定価1,980円のところVショー特価で販売致しますので是非お買い求め下さい!
ブースはOブロック174のコグレです。コグレというのは何を隠そうMMC書記長の本名ww
新鮮なナム物を販売していますので是非お立ち寄り下さい!

ベトベトしたDVD通信販売はこちら!  

2009年12月10日 Posted by ベトベト実行委員会  at 16:35Comments(5)TrackBack(0)ベトベトした情報

年忘れはヘッドショットで

いよいよ、世の中全般的に忘年会シーズンですね!
ベトナム的には旧暦ですので来年は2/14がお正月ですから
1月にやるのが正式なのでしょうが
日本生まれ日本育ちのベトベトは伝統に乗っ取り12月に忘年会やります。
毎年、変わった居酒屋を探して忘年会をやっているのですが、
昨年はネタ切れでアラビア風居酒屋で開催とベトナム的風味が全くなくなってしまったので
今年は原点回帰してミリタリー・バー『ヘッドショット』で開催します。

日時:12月12日(土)19:00~
至 :葛飾区四つ木 ミリタリー・バー“HEAD SHOT ”
料金:3,500円(飲み放題フード付き)



こんな素敵なミリタリー・バーでベトベトした忘年会をしませんか?
今のところネズミっ子クラブの面々の他によく捕虜になるLRRPの分隊長、chi大佐。
確定ではないですが、ヴィン中尉、やみかるとさんの参加も予定されてますw

翌日のVショーで発売開始する『Ho Chi Minh is DEAD』のプレミアム試写会も行う予定!
ベトベトした忘年会に参加したい!と思う物好きな方は12/7までに
お名前と連絡先、人数を書いてメールして下さい!  

2009年11月28日 Posted by ベトベト実行委員会  at 02:23Comments(5)TrackBack(0)ベトベトした情報

予告編トレイラー

ベトベトしま戦か?第9戦も無事に終了しました。

参加された出演者、出店者の方々お疲れ様でした!
更新がすげー空きましたが、ベト9の為に仕事も家庭も犠牲にしていたので
そのツケがまわって身動きが取れなくなってました。けっしてPTSDではありませんw

実は今回スチールカメラマンをムービー撮影にまわしたので画像がほとんどありませんw
画像お持ちの心優しい方は送って下さいw

今回は車両を持ってきて頂いた方も多く3台もジープがあり皆さん喜んで撮影していました
ベトベト史上最大人数となった南ベも喜んで記念撮影に興じていました。

ガラの悪い3人組は地回りではなくベトベトしたスタッフです。
キャンディーちゃん変身前と“笑う殺人鬼”顧問、そしてボスです。
右側の人がNGを連発して寝るのが遅くなったのは内緒ですwww


そんなベトベトしま戦か?第9戦の模様をストーリー仕立てにした
自主制作DVD『Ho chi minh is DEAD』予告編トレイラーです。
12月13日のVショーで発売できるよう編集してますが!間に合わなかったらゴメンナサイw


  

2009年10月27日 Posted by ベトベト実行委員会  at 10:23Comments(0)TrackBack(0)ベトベトした情報

いよいよ来週だYO!

いよいよ一週間後に迫ったベトベトしま戦か?第9戦。
申込みをされた方は準備に余念がないと思います。
前回、混乱を招いたのが作戦地図。エリア51の既存のものに手をくわえただけ
でしたので全然、合ってませんでしたwww

8/2のブログで書いた通り、SSGAさんの協力の下
測量に行き正確な地図を作製してもらいました!

ベトベト公式サイトからダウンロードできます。
これで第1歩兵師団のアレックスさんのブログに文句を書かれずに済むでしょうww

そしてゲーム参加も締切り、出演チームも確定しました。
南側108名、北側62名がエントリー。
北は長岡、南は広島から熱いNAM心をもった兄弟達が集まります!
京都からは、南べやらしたら再現度は日本一と思われるCLUB BREEN
さらにデューク大佐率いるアーミー・オブ・ザ・スタリオンが参戦と大物チームが出演決定!
そして今回の目玉は南べの多さ。
25師団でお馴染みINTER MEZZOが南ベレインジャーで登場。RVN'SもSTDで戦闘参加と
いつになく力強い南ベが見られる事でしょう!

北側も負けてません。
ヴィン中尉を始めとする北ベトナム正規軍。
血糊でおなじみジハード団は子供爆弾が増殖中!
中野ブロードウェイ軍団は一気に戦力増加の10名。
と総勢62名でキャンプサボイの陥落を狙います。
新兵器RPG7も数台用意されているのが確認できていますので
APCに乗っていても安心できません!いやむしろ危険かもww

そしてお馴染みサイゴン闇市場もベトべト価格で出品してくれるお店が目白押し!
八玉商会、CHI商店をはじめBig outも初出店。
もちろん暴力屋台の第四地区も生春巻き他ベトナム料理でお待ちしてますが、逆十字には気を付けて下さいww

とディズニーランド並みの楽しさで皆さんをお待ちしています!
しかし!ボーっと参加するだけではベトベトできません。ベトベト地区に入ったら参加者ではありません出演者です。
皆さん一人一人が監督兼主演です。
周りの人々はもちろん、参加していない人まで楽しませるよう貴方のベトナム戦争を表現して下さい!

天気が少し心配ですが金曜までに台風が通過するよう皆でお祈りしましょう。
もちろん雨でも戦争なので関係ないですけどねww サランラップと替えのパンツは忘れずにw
それでは10月10日11日は千葉のベトナムの空の下でお会い致しましょう!  

2009年10月04日 Posted by ベトベト実行委員会  at 16:38Comments(7)TrackBack(0)ベトベトした情報

ベトベトしたダンサー決定!

いよいよ10日後に迫ったベトベト9!
日曜日のコンバットゲームはもちろん気合入れてくれないと困りますが、
前夜祭でも皆さんに楽しんで頂こうと画策しています。

まずは、DJボブの愉快な司会による『ミス・サイゴン コンテスト』を開催します。
美しさを競うのではなく、ベトナム人らしいかを競うコンテストなので
優勝しても喜べませんが…ww 商品は用意しておきますので
化粧によりを掛けてステージへ上がって下さいw

そして飢えた野郎共のオアシス!ダンサーが決定しました。
アーティストのバックダンサーなどで活躍するmomo率いるSexy☆Soldier

都内イベントなどで活躍するGoGoダンサー、Asaco率いるNY.GoGo Dolls

二組ともベトベトのポリシー“くだらない事を一生懸命”に賛同してくれた
熱いダンス魂を持ったユニット。
ベトベトの異常な趣旨を説明すると
「それだけ熱い人達が集まるなら私達も気合入りますね!」と
普段よりも二倍の気合を入れて(当社比)踊ってくれるそうですから
見る側も気合入れて望みましょう!
今回は18禁はやりませんので老若男女が楽しめるステージになる予定ですが、
暴走したらゴメンなさいwww

司会はNY一のポン引き“スポーツ”マシューが登場。果たしてアイリスの行方は!
  

2009年10月01日 Posted by ベトベト実行委員会  at 19:13Comments(2)TrackBack(0)ベトベトした情報

ベトベト9直前情報!

残すところあと17日となったベトベト9ですが、お申込みはお済でしょうか?
申込み締め切りまで、あと10日ですのでお早めにお申込み下さい。

概要にダウンロードアイテムとして共和国通行証とプレスカードを追加しました。
共和国にお住まいの方は通行証があれば安全にベトベト地区を通行する事が出来ますので
プリントアウトのうえ持ち歩いて下さい。(現地では配布しません)
各国ジャーナリストの皆様も前回カメラマンが拿捕され、2時間に渡り拘束される事件が起きておりますので
MACV発行のプレスカードを持ち歩いて下さい。

今回もいつも通り微妙にルール変更と追加事項がありますw

報道規制ですが、戦闘シーンにそぐわないカメラは規制対象となります。
特に小型ムービーカメラは目立ちますので
ショルダータイプの張りぼてや、銃の体側にくくり付ける等
それらしく見えるように工夫をお願いします。
スチールカメラも一眼タイプでしたら首からぶら下げていても構いませんが
コンパクトタイプのカメラは撮影したらすぐしまうようにお願い致します。
携帯カメラ、コンパクトカメラ、小型ムービーは作戦終了後に撮影タイムを設けますので
フィールド内では作戦終了まで人目に付かないようにして下さい。

死体ですが、血糊付きデッドマーカーを使用します。
ベトベトに何か足りないと思っていたら血でしたw
死んだら(2回被弾したら)顔なり体なり血の付いた包帯をまいて転げて下さい。
そしてバンバン血を噴いて下さい。
エリア51には温水シャワーがありますから血まみれになっても
帰りに職質の心配はありませんねw
ちなみにトマトジュースにコーヒーゼリー混ぜると簡単に血が出来ます。
血糊付きデッドマーカーは八玉商会から100円で売り出すそうです。

折角、血が出るので今回から野戦病院を設けます。
分隊長の報告だけで死体はほっぱらかしていましたが、
今回から帰還後はちゃんと病院まで搬送して下さいw
真っ白なシーツと暖かい食事。綺麗なナースの特別サービスはありません…
野戦病院用のGIコットが足りませんので貸して頂ける方は当日申し出て下さい。

ビレッジ1様のご好意により小型トラックを貸して頂けますのでAPCとして運用します。
土曜日に段ボールを使って制作しますので皆さんお手伝いして下さい。
北側の皆さんは攻撃する方法で胸を膨らませているようですが、作る時も手伝って下さいw

シューティンググラスとリアルカウントマガジンですがあくまでも推奨です、
強制ではありません。曇るからメッシュが良いという方や怪我の心配のある方は
フェイスガードなど自己判断でお願いします。
リアルカウントマガジンも別に無理に揃える必要はありません。
(出撃時の携行弾数200発に変更はありません)

前回好評でした慰問ショーもまたまたSEXYなダンサーを取り揃えてます!
(さすがに外人は呼べませんww)
今回は18禁ショーにはしませんのでご家族連れでも安心してご覧になれますww
ミス・サイゴンコンテスト、ビール早飲みトーナメントも行いますから
皆さんステージ前に陣取って下さい!
両日でも日曜のみでも3,000円ですから土曜日の18時までに来ないと勿体無いですよ!  

2009年09月23日 Posted by ベトベト実行委員会  at 17:57Comments(0)TrackBack(0)ベトベトした情報

Xin chao!

代々木公園で行われた「ベトナムフェスティバル2009」に細君と行ってきました。
昨年は終了した後に気がついたので一年間楽しみにしてたんです。

日本中のベトナム人とベトナムを愛する人達が集まるのかと期待に胸が張り裂けそうに
なって代々木公園に到着すると、ただの物産展…
ベトナム料理屋が立ち並んでいますが、どこも殆どメニューが一緒wwwそりゃそうですよね。
チラホラとアオザイの女の子はいますが、日本人ばっかでしたw
途中で合流したデカ面カメラマンは喜々としてアオザイの子を撮影してました。



333(ビール)を飲みながら、春巻きやフォーを食べてお腹一杯になってしまったので
最後に記念撮影して代々木公園を後にしました。


折角、代々木まで出てきたので暫らく会ってないドギーズのN瀬さんのお店
池尻大橋のバー「DRAGON SOUL」
を襲撃!久しぶりに会ったN瀬さんはのりピーの旦那さんみたいになっていましたが…w

実はMMCを作ろうと思ったのはドギーズさんの影響なんです。
かっこいいサイトと75thレンジャーで揃えたドギーズを見て「うわ~こう言う悪い大人になろう」と思ったもんですw

ここで覚醒したのが細君。
N瀬さんの奥さんの応援もあり、ナム戦愛好家の妻の苦悩をぶちまけ大盛り上がりでしたww
バー「DRAGON SOUL」は日、祝の店休以外は19:00~3:00まで営業してます!
オシャレな店内と素敵なSoul music。美味しいフードも充実してますので、
是非お近くに立ち寄られたら遊びに行ってみて下さい!  

2009年09月21日 Posted by ベトベト実行委員会  at 13:38Comments(2)TrackBack(0)ベトベトした情報

Ho Chi Minh is DEAD!

ちょっと過ぎてしまいましたが9月2日は、ベトナム独立の父ホー・チ・ミンの40回目の命日でした。
ベトナム戦争を知らない人でもサンタクロースみたいなヒゲを生やしたガリガリな人と言うイメージはあると思いますが、
享年79歳で現役バリバリでアメリカと戦っていた恐ろしい人物です。

21歳の時にフランス船のコックとしてヨーロッパ・アフリカ・アメリカ各地を点々とした事から彼の激動の人生が始まります。
国際的に名を知られるきっかけとなったのは1919年、ホーチミン29歳の時です。
ベルサイユ講和会議にグエン=アイクオック(阮愛国) という名で「安南人民の要求」を提出,一躍有名になりました。
その後、1930年、40歳の時には香港で行われたヴェトナム人共産主義者の諸グループ 統一のための会議上、
ヴェトナム共産党を結成,そののち南洋共産党の改組やシャム共産党の結成に関与します。
1941年には抗日戦争の為の組織「ベトナム独立同盟」(通称ベトミン)を組織して、
直ちに日本軍に対する武装闘争の準備に着手します。

1945年、日本の敗北が濃厚になるとホー・チ・ミンは総蜂起の指令を発し、
人民蜂起の末にフエの保大帝は「退位勅書」を発して退位を宣言します。
ここに阮朝は143年に及ぶ王朝支配に終止符を打つこととなりました。
そして9月2日、独立宣言を起草、ヴェトナム民主共和国の初代国家主席となります。ホー・チ・ミン55歳でした。

その後、第二次世界大戦の戦勝国、中国とフランスによりインドシナは統治されます。
後にフランスは上海仏租界や広州湾租借地を返還する換わりにインドシナの全権を掌握し
フランスは全インドシナに復帰します。
ホー・チ・ミンもフランスに渡り何度か会議を持ちますが、関係はどんどん悪化して
1946年12月に第一次インドシナ戦争が勃発します。
ベトミン軍は残留日本軍からの武器の譲渡や指導を受けており、
元日本軍将校、井川省少佐、中原光信少尉を教官としたクアンガイ陸軍中学を設立し、戦闘教育を施した兵士の育成などを行い第二次大戦初期の貧相な軍隊ではなくなっていました。
(その他、元大日本帝國軍人700人がベトミンとして戦っていましたが、1954年、北ベトナムがソ連、中国と接近すると元日本兵は邪魔になりベトナムから追放されます。
元々千数百人がベトナムに残っていたそうなので数百人は南ベトナムで生活していたようです)

当初、平野部では苦戦を強いられたベトミンですが、ジャングルなどのゲリラ戦では圧倒的な強さを誇り
ベトナム戦争時に名を馳せた仕掛け罠により殺す事無く障害を残す攻撃を加えます。
手足を切断されたり、今で言うPTSDに苦しむ帰還兵の姿にショックを受けた
フランス本国では1949年に本国軍徴集兵の海外派遣が禁止される法律が制定されます。
これによって以降は植民地やドイツ、イタリア人を中心とした外人部隊による戦闘になります。

またラッキーな事に1950年には朝鮮戦争が勃発し米ソ中各国は朝鮮半島に注目し、ベトナムに戦力を集中する事がなくなってしまいます。
フランスも第二次大戦で荒廃した本国の復興に忙しく、ベトナムまで手がまわりません。
アメリカに援助を求め資金の提供を求め、アメリカも400人程度の軍事顧問をベトナムに派遣します。
ここら辺からベトナム戦争(第二次インドシナ戦争)の関わりがアメリカに生まれてきます。

1954年、有名なディエンビエンフーの戦いが起こります。フランス軍の戦死行方不明は2700名、負傷44000名。捕虜は1万人近く。ベトミン側の人的被害は、戦死7900名、負傷15000名といわれるこの戦いで
フランスはインドシナからの撤退を決意。1954年7月にジュネーブ協定に調印します。
ディエンビエンフーでフランスが窮地に追い込まれている時、時の副大統領ニクソンは
アイゼンハワー大統領に原爆投下(ハゲタカ作戦)を進言しますが、アイゼンハワーはフランス、イギリスの同意を得られなかった事で却下します。
ここで却下していなければベトナムは、世界で二番目の被爆国になる所でした。

このジュネーブ協定により、ベトミンは南ベトナム(17度線以南)からの撤退。
フランスはベトナム、カンボジア、ラオスの独立を認め、2年後に南北ベトナムの自由選挙を行うことを同意します。
1955年植民地からの解放を果たしたベトミン(ベトナム独立同盟会)は解散します。
この時ホー・チ・ミン64歳。私ならそろそろ隠居したいな~と思いますが、まだまだ血気盛んです。

1956年に行われるはずだった統一選挙は、ホー・チ・ミン人気に恐れた南ベトナム(アメリカ)は
選挙を拒否します。これによって共産主義者の指導する反政府暴動が南の各地で引きおこされるようになります。
約束を守らない南ベトナムに対し、北ベトナムは武力による南北統一を検討しはじめます。

その後は1964年にアメリカが直接介入をはじめ、皆さんご存知のベトナム戦争(第二次インドシナ戦争、抗米戦争)
が始まります。祖国統一を願ったホー・チ・ミンですが、1969年、ハノイの病院で心臓発作の為、志半ばでこの世を去ります。
当初は、独立記念日と建国の父であるホー・チ・ミンの死去日が同じでは不吉だということで、死去日を一日遅い9月3日としていました。
「山と河と人民はいつまでも残る。アメリカの侵略者が敗北したあとで十倍もより美しい国土を再建しよう」と言う
遺言が発表され国民は悲しみにくれました。

ホーチミンは革命活動の中で,集団主義を高く掲げ、個人主義を一掃しました。
これによって後継者争いなどは起こらず、
「独立と自由ほど尊いものはない」というホー大統領の教えを心に深く刻んで、我々は必ず米国を追い出し、傀儡政権を打倒する。
と言うスローガンの下、北ベトナムは更なる戦闘を続け、蟻が巨象を倒すかのごとく
1975年4月30日南ベトナムを倒し、念願の南北統一を果たします。
40年以上戦い続けたホー・チ・ミンは祖国の英雄として戦後サイゴンは改称されホー・チ・ミン市として
今も名を残しています。

と、立派な人な訳です。ベトベト9ではホー・チ・ミン死後40年という事で『Ho Chi Minh is DEAD!』という作戦コードで
行います。
どんな作戦か?それは参加するアナタ次第DEATH!m9っ`Д´) ビシッ!!   

2009年09月04日 Posted by ベトベト実行委員会  at 18:13Comments(2)TrackBack(0)ベトベトした情報

ブラックホーク・ダウン!


最近、『ベトベトしま戦か?』公式サイトのサーバーが不安定で重かったり落ちたりしてます…
さっきもサーバーがダウンしたのでダウンつながりでブラックホーク・ダウンの記事を書きます。
ナム戦映画じゃねーじゃん!と突っ込まれると思いますが、

民兵との不正規戦ってところは、まんまベトナム戦争なので装備を気にしなければ良いんですよ!

『ブラックホーク・ダウン』 “ブレードランナー”“ブラック・レイン”で有名なリドリー・スコット監督の2001年公開映画です。
そう言えば『GIジェーン』もこの人でしたwww

高額なヘリが落っこちる映画として有名ですが、
1993年に起きたソマリアの首都“モガディシュの戦い”を映像化した作品です。
ベトナムと同じくソマリアも1982年に内戦が勃発し統一ソマリア会議対ソマリア国民同盟との戦いが続きます。
あまりに長いので1992年アメリカを主体としたPKOが介入しますが、逆に宣戦布告され、モガディシュの戦いなどもあり
匙を投げたPKO部隊は1995年に撤退してしまいます。
その後も色んな国が停戦させようと頑張りますが、余計にグチャグチャになます。
そして未だに、アル・シャバブなど多数の勢力による勢力争いが続いています。

と、そんなグチャグチャな内戦に首を突っ込む“世界の警察”アメリカは偉いな~と思いますが、
映画の題材となったモガディシュの戦いは、アイディード派の有力人物を捕らえる作戦「アイリーン」を
計画します。予定では30分で終わる作戦でしたが、ヘリが落ちてしまった事から
15時間にも及ぶ戦闘に発展してしまいます。

個人的にはトラブルが発生して沢山の仲間が窮地に陥り救出に向かうっていうシチュエーションに萌えます。
史実とは多少違うらしいですが、命からがら逃げてきたハンヴィー部隊がもう一度戦場に戻るシーン。
「救出チームは?」「俺たちだ!」で有名なランディ・シュガート一等軍曹とゲーリー・ゴードン曹長
など戦場での熱い男達の友情は涙なしでは観れません!
ちなみにランディ・シュガート一等軍曹とゲーリー・ゴードン曹長は
ベトナム戦争でロドニー・ヤノ軍曹が受賞して以来の名誉勲章を授与しシュガート級、ゴードン級車両貨物輸送艦
として艦船に名を残しています。


間近に迫った『ベトベトしま戦か?第9戦』ですが、今回はこのブラックホーク・ダウンからネタを頂戴して行う予定です。
参加を決めている皆様、是非ブラックホーク・ダウンを観ておいて下さいねw  

2009年09月03日 Posted by ベトベト実行委員会  at 17:54Comments(0)TrackBack(0)ベトベトした情報

APCをつくりま戦か?

『大越南魂祭』に参加された皆様、スタッフ参加の皆様お疲れ様でした!
炎天下&スコールとベトナムの天候まで再現したイベントでしたねww 腕まくりをしていた私はナパームによって両腕が火傷状態ですw
さて、いよいよ2ヵ月後に迫った『ベトベトしま戦か?第9戦-Ho Chi Minh is DEAD-』の参戦受付を開始致しました。
フィールドのキャパがありますので先着順に締め切らせて頂きますので、申し込みはお早めにお願い致します。
第9戦ではAPC(Armoured Personnel Carrier 装甲兵員輸送車)を導入予定です!

と言っても本物が来る訳ありませんw
実は、『ビレッジ1』様のご協力により『大越南魂祭』でも活躍した小型車輌を貸して頂ける事になりました。

このままでも十分面白いのですが、くだらない事にクォリティーを求めるのがベトベトテイストですから形だけでもM-113風にしたいと思います。
土曜日に制作しますので皆さんお手伝いして下さい。ODに塗った段ボールを持ってきたりして頂けるととても助かります。

そして募集ついでに参加チーム内や友達同士でできる小芝居も募集します。
前回から始めたベトベト映像化ですが、
1~3分の小芝居を披露して頂けるチームにはTVクルーが同行して撮影しますので掲示板やメールなどで応募して下さい。

今回はホー・チ・ミンの死後、弱体化すると思われた共産勢力だが、より強固な意志の下
4月に襲撃に失敗したキャンプサボイを一大勢力によって攻撃をくわる…。
といった粗筋ですので、サイドストーリー的な小芝居をドンドン演じて下さい。

今回から死体は、血の付いた包帯(ペンキをつけたタオルなどで可)を頭や体に巻いてもらいます。
作戦終了し本部に帰還後、負傷者と死体はCP横に設置する野戦病院に収容しますのでナースや医者も募集します。
死体の搬送や泣き崩れる戦友など様々なネタが出来ますので
皆様のナム頭を駆使してベトベトしま戦か?第9戦を盛り上げて下さい!  

2009年08月10日 Posted by ベトベト実行委員会  at 18:16Comments(0)TrackBack(0)ベトベトした情報

19年目の遺骨収容

こんなニュースがありました。

湾岸戦争の初日に戦死、19年目の確認
【ロイター通信ワシントン=黒瀬悦成】
米国防総省は2日、湾岸戦争初日の1991年1月17日にイラク上空で撃墜され、
戦闘時行方不明者(MIA)となっていた米海軍パイロット、スコット・スペイサー大佐の戦死が
ついに確認された、と発表した。イラク中部アンバル県で7月に見つかった遺骨により確認されたという。
スペイサー大佐は、乗っていたFA18戦闘攻撃機が撃墜され、湾岸戦争で最初の米軍戦死者と認定されたが、
後にイラク国内で目撃証言が出たため、生存説が浮上。米軍は大佐が捕虜になった可能性もあると見て行方を捜索していた。

アメリカには元々「全ての兵士を故郷に帰す(keep the promise )」と言うモットーがあり、
遺体、遺骨収容を重要視します。
四軍が統括するJPAC(国防総省戦争捕虜行方不明者捜索司令部)という組織があり
年間51億円を投じて先史、地歴学、医学、骨格学、戦術、記録等の専門家がチームを組んで
第二次大戦からの戦没者の遺骨収集を大統領直轄事業として行っています。
たった一人の兵士の遺骨を捜すために、硫黄島に大人数のチームを送りこんだり、
ドーバー海峡が干潮になったときに海底の泥を全部吸い上げて、
欧州戦線で亡くなった兵士の遺骨を捜索したこともあるそうです。

ベトナム戦争でもヘリコプターによる負傷者救出は35分以内に治療を出来る体制を取っていたそうです。
映画や写真、記録映像で目にする事ができますが、遺体、負傷者の収容をかなり重要視しているのが判ります。
戦闘時に死体をどうしても移送できない場合には、ボディーバックに入れ一時的に埋葬しますが、
後に遺体を収容する為の部隊が派遣され、遺体を回収していたそうです。
平敷安常氏著の『キャパになれなかったカメラマン―ベトナム戦争の語り部たち(上下)』の中にも
襲撃を受けたカメラマンを救出する為に大戦闘が勃発し、一日掛けて遺体を収容するエピソードが記述されています。

ベトナム戦争時にブービートラップ(仕掛け罠)で米軍は甚大な被害を受けましたが、基本的に命を奪う仕掛けよりも
足に怪我を負わせる目的に罠が多かったそうです。
これには負傷者を出すとそれを運ぶ人間も出るので戦力を減らす事ができるからだそうです。

ベトベトでは被弾した場合『ヒットコール』は使いません。
雰囲気を大事にしますから撃たれた人間が「ヒットー」なんて言う訳がありませんから
撃たれた場合には「メディーック」と叫んで治療してくれるように仲間に助けを呼びます。

一度目の被弾は負傷としてメディックの治療後は通常の行動ができますが、二度目の被弾は死亡となります。
死んでしまったら「アイドンワナダーイ(死にたくなーい)」と叫んで周囲に死んだと言う事を伝えます。
死んだ訳ですから歩く事、話す事は出来ません。
分隊は死体を置いていく訳にはいきませんから、仲間の手によって死体を運んで作戦を続行します。
本当はボディーバックに入れて運びたいところですが、大変なので一人で運べるようになっています。
死亡した人間は仲間の手を借りて移動しますが、仲間を運ぶと言う事は運んでいる人間の行動に支障が出ます。
部隊の半数以上が死亡した場合には、戦闘行動は厳しいでしょうからCPからの指示により作戦を中止して帰還します。
分隊長が死亡した場合も作戦行動が出来ませんから同じく帰還となります。

帰還した分隊長はCPに作戦結果、負傷者数、死亡者数を報告して新たな兵士の補充を受けます。
つまり先程死んだ人間とは違う新兵を受け入れる訳です。
ここでいい加減な報告を行う分隊長はシベリアで杉の木を数えるハメになりますから
“報連相”はヒストリカルゲームでも大切ですねww

ヒストリカルゲームとサバイバルゲームの大きな差は“戦闘”や“死”を再現する部分だと思います。
サバイバルゲームでは戦闘が目的ですから、戦闘してヒット→ゲーム終了→最初から。
という事を一日に何度も繰り返しますが、テレビゲームではないので本当の戦闘にリセットや残りライフはありません。

ヒストリカルゲームでは撃たれたら死んでしまうんです。
戦闘そのものよりも一日を通して『ベトナム戦争時のある地域のある一日』を再現します。
“撃ちました当たりました”だけではなく、戦闘が起こった時の行動をいかに本物らしく再現するかなんですね。
(勿論、戦闘以外にもパトロールや地元住民との触れ合いなどありますが)

本当に戦争に行って場合、英雄のように戦闘に参加したい。と思う人は少ないと思います。
無事に前線勤務を終え、故郷に帰りたい。分隊長であれば部下を無事に帰したい。という気持ちのほうが多いと思います。
しかし、戦争ですから司令部からは人を人とも思わない危険な指令がくる訳です。
ここら辺は実生活で楽な仕事をして早く帰りたい、でも上司からは面倒で残業も厭わない指示が来るのと同じですねw

そんな事を考えながらベトベトに参加すると一層面白くなるのではないでしょうか?  

2009年08月03日 Posted by ベトベト実行委員会  at 16:28Comments(0)TrackBack(0)ベトベトした情報

測量

ベトベトしま戦か?では座標を打った地図をもとに作戦行動を行います。映画などでよく観る「座標101-254-24砲撃を要請する!」って奴です。
さすがに北緯と東経で座標を指示すると大変なので縦軸をアルファベット、横軸を数字と簡略していますが、
部隊の移動や、救援の要請は分隊ごとに無線で行いますから地図が判らないと作戦に支障をきたします。

前回のベトベトでちょっと困ったのが地図。
利根川河川敷でやっていた時は航空地図をもとに作った地図があったのですが、エリア51には正確な地図がありません。
簡単な地図はあるのですが、正確さに欠けます。
地図があってないという事は、作戦時に座標が判らないという問題が…。
実際に前回のベトベトでは地図上の座標と実際の地形がずれており、全然見当違いの場所にいる部隊や、CPからの指示だと場所がずれてしまう事があり、ちょっと問題でしたww
佐原と言えば歩いて日本全国を測量した伊能忠敬の記念館もある事で有名です。
この伊能忠敬、51歳の時に趣味の天文学を勉強しはじめ江戸に出ます。
「地球の大きさを知りたい」という好奇心からでしたので
最初は“年寄りの道楽”と思われていましたが、熱心に勉強する事で「推歩先生」と呼ばれるまでに。
55歳の時に幕府から測量の許可を貰い東日本の測量の旅へ出発します。許可は貰っていますが、援助など一切ないのですから、言わば趣味です。
3年半後、測量を終えた忠敬は11代将軍家斉に東日本の地図を披露し、そのあまりの精密さに、
立ち会わせた幕閣は息を呑み驚きました。
そして忠敬には“続けて九州、四国を含めた西日本の地図を作成せよ”と幕命が下ります。
もはや個人的な仕事ではなく、正式な国家事業として認められたのです。
15年後、忠敬は70歳にして無事測量が完了しました。
と言う事はベトベトも後30回、ベトベト38の頃には国家事業になっているかもしれませんww

そんな夢を胸に幸いにエリア51でゲーム予定のない日曜日がありましたので現地へ。

ベトベトをいつも手伝って頂いているチームSさんが測量をしてくれるので一緒に行ってきました。
エリア51は道があるのですが、微妙に入り組んでいてなかなか難しかったですが、
地道にメジャーで距離を測り、携帯GPSで座標を調べながらなんとか大筋は作れました。
あとはチームSさんが素敵な地図を作ってくれると思いますので、次回からは正確な座標をもとに作戦行動ができると思います。
って事は北側も正確に襲いかかってきますので南側も気が抜けませんねww

途中、昼休憩を取ろうと思い、テーブルに近づくと上に置いておいたコンビニの袋が見えません。
人の気配を感じ、飛び立つ獣と烏の姿が…
見事、昼ごはんは獣達の胃袋へと運び込まれたようですww
一緒にいれておいた煙草までクチバシで一突きされてました。
毎週、毎週、人間達が食物を運び込むのを覚えているようです。野良猫も数匹いましたので
次回は「トラが出たぞ~」と逃げ帰る部隊があるかもしれませんwww  

2009年08月02日 Posted by ベトベト実行委員会  at 17:00Comments(2)TrackBack(0)ベトベトした情報

キャパになれなかったカメラマン

先日第40回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞しました平敷安常氏著の
『キャパになれなかったカメラマン―ベトナム戦争の語り部たち(上下)』

上下巻合計1000ページと久々に読み応えのある本でしたが、ベトナム戦争好きなら興味深い内容なのでスラスラ読めるはずです。
1966年から1975年までABCテレビのカメラマンとしてベトナム戦争の報道に携わった氏の回顧録なのですが、
岡村 昭彦、沢田 教一、 酒井 淑夫、一ノ瀬 泰造など著名な戦場カメラマンが登場し
今までの伝記や記録などからは伺えなかった裏が克明に描かれています。
戦場カメラマンとしての姿勢や報道に対する信念など 深く感銘を受けました。

撮ったものを編集し、本国に送るまで使われるか使われないか判らないそうなのですが、
安易にバンバン物(戦闘シーン)だけを撮らず 一人の兵士にターゲットを絞り、
人間性や戦争の裏にある物を 伝えようとする記者の考えなど非常に興味深い点でした。

軍装だけやっていると見落としがちですが、戦場カメラマンと言うのは大変な仕事ですよね。
ベトベトにも参加して頂いている戦場カメラマン専門のITHACAさん という方がいます。
デジカメも使うのですが、基本ニコンF2とライカM4-2で撮影された写真は大変味のある作品になっています。


もう一人SATOと言う集合写真時にお馴染みのカメラマンがいますが、彼はベトナム戦争には全く興味がなく
カメラマンとしてベトベトに参加してきたパターンなんです。
戦争に興味がないですから初めて来た時などナイロンのジャンパーに長靴でしたから利根川に埋めようかと思ったほどですw
「カメラマンなんだから良いじゃないですか」とその時は言っていました。ファインダーを通しての視界ならそれでも良いですが
参加してる側からみたら、戦場にそぐわない格好でデジカメもってウロウロしてる人は、邪魔なんですよね。
今では半強制的に鉄ヘルにユーティリティー、ARVNバックと一応ちゃんとした格好を揃えましたがww
カメラマンだから良いだろうという良い訳はヒストリカルイベントの中では通じません。
ITHACAさんのように銀板で撮影して下さいとまでは思いませんが、可能な限り当時の雰囲気には近づけて欲しいと思います。

文中にも平敷氏がベトナムでは自分だけなく周囲の(撮影対象)ためにも兵士と同じ装備をしていたと言う記述があります。
逆にカンボジアでは兵士と間違われると殺されるので白いシャツなど報道の人間だとわかる服を着用していたそうです。
カメラマンだから殺されないだろうではないんですね。戦場(前線)に出るという事は兵士以上に危険な場面に遭遇する訳です。
銃や弾を入れるスペースがあるならフィルムや予備の機材を入れたそうですから、身を守るものなど何もない状態で
弾がピュンピュン飛び交う中、戦闘の最前まで進まないと良い画は撮れないのですから、その勇気は尊敬します。
スチールカメラマンなら良いとこカメラ2,3台ですが、平敷氏の場合通常、三脚立てて使用する16ミリフィルムを
改造して肩に乗せて撮影したとありますので、その当時の苦労は生半可な物ではなかったと思われます。

ベトベトでは無線を使う場合実際にPRC(ガワだけでも可)を背負っていないと無線は使えない事にしています。
やはり当時の雰囲気や重さを実感したいからなんです。
同じように第9戦からムービーカメラは当時風や形状がわからないようにするなど工夫して下さい。と改めました。
ショルダータイプの16ミリ風カメラや(地獄の黙示録やフルメタルジャケットでも撮影風景は出てきますよね)
L型ライトに入れるも良し、銃の体側にくくり付けるのでも良いと思います。やるなら工夫をして欲しいんですよね。

現在市販されている民生品のホームビデオやデジカメは小さいし便利です。
でもベトベトに集まる方々は動きやすいからと言ってタクティカルベストを身に付けたり、取り回しやすいからと言ってM733を
持ってくる人はいないと思います。
何故、使いにくい56装備で、重たいM1ヘルメット被って、目立つブラックパジャマでやっているのでしょう。
ベトナム戦争のヒストリカルゲームだからですよね。フィールドに入る以上はカメラと言えども戦場の一部なので
面倒とは思いますが、カメラに関する規制を付け加えさせて頂きました。
『キャパになれなかったカメラマン―ベトナム戦争の語り部たち(上下)』 は、
ヒストリカルイベントでカメラやムービーを撮影する方には是非一読して頂きたい作品です。  

2009年07月24日 Posted by ベトベト実行委員会  at 15:12Comments(3)TrackBack(0)ベトベトした情報

夏のベトナム情報


今日の東京はなんと!35度だそうで外回り他野外で活動中の皆様、熱中症にお気をつけ下さい。
画像はミスベトナム2008の模様ですw

さて梅雨明け宣言も発令されいよいよ夏本番ですね。夏と言えばキャンプですよね~
毎年、本栖では全国から緑青臭い狂った緑色の人達が大挙して押し寄せ昼夜を問わず踊り狂うMVGという集いがあるのですが、
残念な事に今年のMVGは中止になってしまいました…

しかし、マニアックなイベントでお馴染みのパトスプロジェクトが主催する『大越南魂祭』
8月8日(土)17:00~8月9日17:00に行われます。
共催にサムズミリタリヤ、協力にBIG OUT、MAT、ミッキーマウスクラブとネズミさん達も協力体制で臨みます。
レギュレーションやルールはパトスプロジェクトに準じますのでホームページでよくご確認のうえお申し込み下さい。
レギュレーション見ると1969年指定とベトベトよりきちっとしてそうなので期待しても良いんじゃないでしょうか!

続いて家族で楽しめるベトナム情報です。『シンチャオ!ベトナムフェスティバル2009』が9月19日、20日に代々木公園で開催されます。
我が家のように
『またベトナム戦争行って来るね~』
「またベトナム?もうずっと戦争してたら?あんたが死んだらベトナムに骨ぶちまけてやるからね!」
と家人から変態扱いをされているベトナム戦争愛好家の方々も多いと思いますが、
これもひとえにベトナムという国への思い入れの無さから誤解を招いているのだと思いますw
その誤解を解くためにもご家族でベトナムフェスティバルへ行ってみてはいかがでしょうか。
昨年同様に食べ物や物販、ベトナム関係の展示やコンサートまで行われるそうですので楽しめると思います。
しかし、くれぐれも帰りの道のりで
「この美しい国を守るためにも戦争はやめられないんだ」
とか呟くのはやめてくださいw  

2009年07月15日 Posted by ベトベト実行委員会  at 15:29Comments(0)TrackBack(0)ベトベトした情報